タイBLドラマ「MY STAND-IN」を見終えました!!
私はUpくんが好きなので、最初はUpくんが出演しているということで見始めましたが、見ていくうちに、どんどん、どんどん、物語に惹きつけられ、最後までわくわくドキドキしながら見ました。
ストーリーがもう素晴らしくて、本当に何事も自然に物事が運ぶと言いますか、無理がない展開で、毎週、クライマックスかと思うくらいに、心揺さぶられる作品でした。
そのなかで私が勝手に推測したり考えたことを感想として書き残したいと思います。
前置きが長くなってしまいましたが、本題に入っていく上でまず自己紹介を。
このブログは基本的に「ふわっと」しか感想を書かないつもりで、というか、私はドラマを見てもふわっとした感想しか持てないので、ブログのタイトルに「ふわっと」を使っています。今回もそんな感じでいきたいと思います。
毎回、おなじ自己紹介から始めている気がしますが、また今回もおなじ自己紹介から始めます。私は十年以上前からテーラワーダ仏教の教えを勉強したり実践していて、タイドラマの端々から仏教的な思想を見つけては、感動している面倒くさい人間なんですが、今回もそんな感じで、これは!と思ってしまうところがあったので、仏教的な視点から感想を書かせていただこうと思います。まだまだ勉強中なので、間違っているところがあれば指摘していただいて、その都度、書き直していきたいです。
ただこの作品は中国の作家さんの小説が原作ということもあり、テーラーワーダ仏教的な考え方で見ていいのかどうか分からないところがあるので、ただの一個人の趣味で書いた感想として温かく見ていただけると助かります。いろいろ、ご了承ください。
まずあらすじから!(ここからネタバレあり)
スタントマンをしているJoeは背中が人気俳優のTongと似ていることから、度々、ドラマのなかでTongの代役を務めている。Tongを慕っているMingが彼と間違って、Joeの背中に抱きつくくらい似ている。だからこそMingは叶わない恋の相手のかわりにJoeをそばにおくのだが、JoeはMingの真意を知らないままMingに惹かれていく。そのまま深い関係になっていくなかで、JoeはMingをかけがえのない存在のように思っていくのだが、ふとしたことがきっかけでMingがTongのかわりにJoeをそばにおいていたのだということが、Joeにも分かってしまう。ドラマのなかだけではなく、現実まで代役になっていたのだということを知り、悲しみのあまりMingを突き放すJoeだが、MingはどうしてもJoeを離したがらない。Joeをつなぎとめたい上にTongへの思いを断ち切れないMingは、非道な手を使ってJoeを陥れるのだが、そのあと、自分の本当の気持ちに気づいていく。違法なスタントを引き受けるしかなくなったJoeは、事故で崖から落ち、気づいたときには別人の体のなかにいた、というのが序盤ですが、ひたすらJoeの背中に執着するMingと、どこまでも彼の気持ちに流されていくJoeという、関係性が最初から最後まで変わらないように思います。ここからが私の私的感想になります。
あえて「魂」を「心」と置き換えて見ました!
崖から落ちて、気づいたときには別人の体のなかにいたJoeですが、おなじ名前のJoeさん(区別のために、さん、を付けます)という人物の体に転生します。テーラワーダ仏教では、永遠に変わらない本当の自分の「魂」というものは存在せず、すべてが「心」によって左右されると考えられています。なので、Joeの魂がJoeさんの体に入った、というよりは、Joeの心がJoeさんの体に入った、という解釈を私はしました。自分の肉体が滅びたとき、心は次のよりどころを探して、すぐに転生する先の肉体にしがみつくそうなので、本来なら、Joeの体はすでになく、別の新しい体、人間であったとしても、まだお腹のなかで生まれる瞬間にしがみつくことができなければ、転生をすることはないはずですが、ここは物語なので、体をなくしてさまよっていたJoeの心が、たまたま心を手放していたJoeさんの体に転生した、というような見方ができるのではないかと思います。このへん難しい問題ですが、体はあっても心を手放すことができるかどうか勉強不足でわからないので、Joeさんの心がどうなっているのかわかりませんが、もう体から出てしまったあと、ほかの生命に転生している、と考えたほうが、最終話まで見た感想では切なくないかな、という気がするので、そう考えるようにしています。
仏教的に見たら、心が入れ替わることは、ありえないんですけど、それを言ってしまうと考察が終わってしまうので…
そして「心」がすべてを決めている!
JoeはJoeさんの体になっても、また同じような関係性のなかに身をおいてしまいます。Joeさんの母親のこともあり、いろいろあり、またしてもスタントマンになって、背中が似ているという理由でTongの代役をすることになったり、いなくなったJoeを想い続けるMingにJoeの代役としてそばにいてほしいと言われたり、もう、生まれ変わったようなものなのに、おなじような境遇に立たされてしまうJoeに、何と申し上げていいのやらわからない、やるせない気持ちになるのですが、やっぱりここは仏教的に見て、心がすべてを決めているからかなぁ、だから仕方ないのかなぁ、という気持ちになってしまいます。仏教ではどんなことも自分の心次第なんです。汚れた心で行ったことは、やっぱり悪いことになって返ってきますし、清らかな心で行えば、善いことが返ってくる。そんな法則にのっとって見たら、Joeの心がJoeの心でありつづける限り、体が変わっても、おなじようなことに境遇に立たされたり、周囲との切れない関係に愕然としたり、そしてそのなかで変わらない縁に悩んだり励まされたり、するのかなって私は思いました。心すら変わっていくもので、変わらないものは何ひとつないのかもしれないけど、周囲との関係が変わらないのはやっぱり、Joeの心がJoeの心であるからなんだろうなぁ、という印象がありました。
なぜそこまで「代役」になりつづけてしまうのか…
誰かの代わりになることはつらいことなのだと思います。それは仏教的に見なくても言えることです。自分が自分でありたい、自分が自分だと認められたい、そんな気持ちは誰にでもあると思います。仏教的に見たら、自分というものはないんですけど、どうしても、自分が自分として承認されたい欲求というものは、生まれてきます。
JoeはJoeのときもJoeさんの体のときも、ことごとく代役になってしまうことで、最後、二度目の生死の境をさまよったときに、Joeさんの体に戻るか、自分が自分として生きる道を生きるか、選ぶ。そのときに、走馬灯のように誰かの代わりになりつづける自分の人生を見て、一旦、自分として生きる道を選ぼうとします。でもMingの気持ちが、本当はJoe自身の背中に恋をしていたMingの気持ちが、JoeをJoeさんの体に戻る決意をさせたように思います。代役、として生きることに納得したというよりも、代役じゃない、ということにJoeが気づいたことで、自分の道が開けたような気がしたのです。代役、にばかりなってしまう人生ということ自体には、仏教的に見て、こうです、ということは言えませんが、自分の心が変わらない限り、おなじようなことがループしてしまうのは、仕方のないことなのかもしれません。一度、恨みをかったら、ずっと生まれ変わってもおなじように相手に恨みをもたれてしまう輪廻のようなもので、一度、誰かの代役になったら、ずっとその先もその関係性がつづくのかもしれない、と思います。
余談ですが…
ループから抜け出す、それはつまり仏教的に見て悟りの境地だと思うんですけど、悟りってどうやって開けるのって聞かれたら、瞑想するしかないんです。気づくこと。観察すること。慈悲喜捨の気持ちを持つこと。そうなんですけど、生きることは苦である、と気づくことが悟りだと言われています。代役でありつづけるJoeの人生は苦だったんだと思います。苦、しかなかったんだと思います。それだけで終わっていたら、Joeはループから抜け出せたのかもしれない。それでもMingがいたから、Mingの愛が、Mingを愛していたから、Joeを悟らせなかったのかもしれません。そこがとても仏教的だなぁと思います。愛するもの、執着する対象をつくったら、悟れない、という教えなので、やっぱりこの世界にとどまることを選ぶときの気持ちは、そうです、愛、なんです。それが悪いかどうかはわかりませんが、それがあるからこそ、私たちは苦しみ、悩み、傷つき、そして時折、安堵に似た幸せを感じたりする、そういうものなんだなぁ、と、この作品を見ていて、改めて思いました。
家で誰かを待って灯りをともしつづけることは執着なのかもしれない。
でもどうやったって悟りを開けることのない私たちには、その灯りが救いにもなる。
MingとJoeがこれからも幸せでありつづけられますように、それを願いながら、この私的すぎる感想を閉じたいと思います。
まとめ
ときめき!とか、きゅん!とかだけに頼らない、面白さを感じる素晴らしい作品でした!ほんとに毎週クライマックスだったので、最終回が穏やかで穏やかでびっくりするくらいでしたが、このラストで良かったな、って思います。
許し、のお話なのかもしれませんが、ここでも仏教的に見ると、許す、ということはそもそも見当違いなんだそうです。
何も悪いことをしていない人はいない。
自分だって人を責められる立場じゃない。
それをわかっていたJoeはやっぱり、こういうと語弊があるかもしれませんが、慈しみのある人なんだな、って思います。
最後になりましたが、私は気づくとMingのお兄さんのMike推しになっておりましたことを、書き添えて、今度こそこの感想を終わりたいと思います。
長々とした文のわりに大したことを書けなかったですが、読んでくださったありがとうございました!また次の私的すぎる感想でお会いできたら嬉しいです!